こちらのページは、classroom → 教室情報Top → drawing色々ページ です。
走描き。

これもその場で描いた同様の走描きです。すべてイメージ人体素描ですが絵画系デッサンを濃くしているので前回同様クロッキー表現がわかり易いと思います。これ迄説明の通り絵画系デッサンを身に付けてそれからイメージによる観念表現をすると全くのイメージ人体画も描く事が出来ますが観て描いたリアリティーを持って描く事も出来ます。それは絵画系デッサン=客観的人体描写で表現する素養が対象を観なくともそう表現出来る能力を持たせてくれるという事と説明出来、つまりはその素描された人体画には客観性が盛り込まれているという意味となります。この様にあらゆるものや角度描写が意図も簡単にイメージ観念画であっても描ける技術論はこれ迄説明した通りです。あと今回は今ページのラストクロッキーという事もあり、御覧の通りもう1つ付属させています。中央下のものですね。本来の内容とは異なり説明の為に一部線の強弱をしていますが、そこは輪郭すべて同様に線が引かれていると考えて下さい。この絵自体の人体素描の事についての説明ではありませんが、この様な表現による人体素描が近代以降のクロッキー表現画の最高峰といえる素描です。繊細はピカソ(闘牛系辺り)やマチス(裸婦や顔)の線画で御覧になってみて下さい。それは一見子供が描いた絵の様に見えるかも知れません。簡潔に概要を説明します。人類は平面に於いてまず最初に物が在る様に絵としてそう描ける様になろうとします。つまり具象画として客観性を身に付けるという事ですね。その後描ける様になると、もはやその時点でそう描く力は当然の事としてあるので様々な表現を行ないます。その時、つまり絵画系デッサン素養を身に付けその後の視点に立った時、描ける力が在るのでそれに甘んじる事がないならば絵画系デッサンであるからこその視点、つまり複雑に時間を掛けたり見た目のリアリティーという所謂描ける事に長けた人体描画ではなくその描くの逆説視点、それはリアルで省略ではなく、幅を持ち限りなく簡潔に。その概念に立てば自ずと、線を区切らずにしかも一本の線でしかも絵画的に。ある技術を当然とし視野の拡大が必要な為に、ある意味現代音楽や即興現代ピアノを理解しようとする事で難解を招く様に、これにその類を覚えるかも知れません。様々説明しながら描いているのでその意図した描画ではありませんが、クロッキーラストページに掲載のその描写はつまり、クロッキーという概念を感性のみ継続し技術は限りなく観念に近づける行為で生まれたクロッキー画。客観視という絵画的デッサン系描画の世界でモチーフをその様に描き表現するという概念とその技術が完成されたからこその路線上として生み出されたクロッキー画です。尚、無論芸術的視野に於けるクロッキー画の表現はそれだけではありません。
(素材:鉛筆)
下左
これもその場で描いた同様の走描きですべてイメージの観念画です。これ迄掲載の素描の中でもこれらは走描きの要素がよく出ているかも知れません。クリエイティブな素養の事について書きます。アーティスト、海外で俗にいうペインターつまり平面作家は物を創る場合に於いて紙と鉛筆的な物が有れば当り前の事ですが物が描けます。そこにあるのは物を創る気質、魂。当然描こうとしない描きたがらない場合もあります。その時点で描けない事から手が進まない場合や意図も簡単に描ける様になれば前向きに描く事をすると考える人も。但し、描けないから描ける様になったら描けるのに、と考えている人はそうなった時も描きません。何故ならば描くという行為自体その他クリエイティブな物事自体、事務的作業ではないからです。1つの技術的側面に於いてでは、ピアノは弾ける様になる迄弾きませんという事に似ているかも知れません。あと大切な事を1つ。何かを身に付けるという事は外からの要素とも言うべき人的行為の現像です。絵画系デッサン等はつまり物がリアルに在るが様に描ける方向の素養はある面に於いてモチーフに合わせる事で身に付きます。つまり自我をコントロールしてモチーフに合わせないとモチーフを観て描いているにも関わらず好き勝手に描いてしまいます。逆にある意味観念画はモチーフ等あってもなくても関係なく無視して自分勝手に描く事が出来ます。しかし何れ何かしらのリアリティーを盛り込む重要性に問われ苦心します。どちらにせよリアリティー質とは現実性の概要が存在し、それは精神のある人間が精神によって身に付ける素養です。つまりはそこで物を観、そここそが身に付ける場所で、それによって身体を動かし行動します。つまりは精神である以上当然、描ける様になるには秘密があります。指導する教師という職はただカリキュラムなど真意に於いては意味を持たず、描くという行為だけでは人間は描ける様になりません。無論当然最初からその素養がある場合もありますが、但しそれは対局の意味を知らないという事になります。絵画の歴史、つまり芸術の歴史はすべてそこから作られています。上手く描けないから人の数だけ種類があります。あなたの精神で感じ、そこで身に付け、線を引き、そしてあなたの精神が困難にもさせます。絵画指導の教本?・・・それで物が観れる様に描ける様に?それでなるのですか?。教えてもらっている?・・・それでそうなるのですか?。あなたの精神そこがこの世でたった1つの、あなたの唯一の先生です。
下右
これはボードですね。確か7~8枚程書いた内の2枚です。内容はイラストについてと線に於ける輪郭の歴史や技術が与える意味、あとデザインするという概念等を平面表現方法を主体として説明です。掲載写真よりもイラストやデザインという事の内容の方が意味があるかも知れません。
(素材:鉛筆,右写真:マジック)
橋本恭明

クロッキー


前のページへ戻る